居場所はありますか
奨励 |
木原 活信〔きはら・かつのぶ〕 |
奨励者紹介 |
同志社大学社会学部教授 |
研究テーマ |
福祉やソーシャルワークの根源にある思想や哲学とキリスト教との関連 |
ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。
(ルカによる福音書 二章六―七節)
「私には居場所がない」
最近、大学に来ていない学生から相談を受けました。いろいろな話をしたのですが、この学生は、大学に来ることができない理由として、「大学に居場所がない」と言うのです。「居場所がない」という、言葉の響きが印象的でした。ご存じのとおり、同志社大学の社会学部は、キャンパスが二つに分かれており、今出川、特に新町は確かに学生数に比べて場所は狭いのですが、この学生が学んでいるのは広い京田辺キャンパスです。甲子園が何十個分も入るほど広いのです。私など、京田辺キャンパスは広過ぎて一度も端から端まで歩いたことがないほどです。でもこの学生には「居場所がない」、これは一体どういうことなのでしょうか。よく聞いてみると、「親しい友だちもいない」「勉強にも身が入らない」「サークルも辞めた」とのことです。「今、一番困っていることは何か」と聞くと、しばらく考えて、「どこにも居場所がないことです。家族、身内のなかにもどこにも居場所がないのです」としみじみと話してくれました。 「居場所がない」、今日はこの居場所ということについて、聖書の、ルカによる福音書二章のクリスマスの待降節(アドベント)の記述に合わせて、クリスマスの福音メッセージとしてご一緒に考えてみようと思います。
イエスの居場所不在と人間の罪
「初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。」(ルカによる福音書 二章七節) さて、イエスはどういうところで誕生したのでしょうか。ご存じのとおり、聖書によりますと「飼い葉桶」なのです。「飼い葉桶」というのは、分かりやすく言えば、家畜の餌入れのことです。歴史家によると当時の「飼い葉桶」は、石で作られていたようです。「飼い葉桶」に産まれたということは、ここが「家畜小屋」であったことを示しているようです。伝承によると、正確には家畜避難用の洞窟であったようですが、いずれにしても、待ちに待った救い主が誕生するのに、なぜ、王宮でないどころか、人間のベッドでもなく、「飼い葉桶」なのでしょうか。
ルカによる福音書二章七節に書いているように「宿屋には居る場所(・・・・)がない」からなのです。宿屋とは、ギリシャ語でカタルーマと言い、宿屋や客間、食堂などの意味、それは「人間(様)」が利用する場所(場所は、ギリシャ語でトポス)です。ところが、マリアやヨセフ、イエスらには、それすらなかったというのです。何げなく書かれていますが、その理由は何であれ、この地上には「居場所がない」という言葉に、象徴的にもイエスの生涯の鍵や謎が隠されているように思います。つまり、イエス自身には地球上に自らの場所(・・)がなかったのです。先ほど述べたように、「人間様」の住む宿屋には神の御子の居場所がなく、家畜小屋の「家畜の餌入れ」(飼い葉桶)で誕生せざるを得なかったのです。これはその後のイエスの人生を象徴しているようです。その後のイエスは、自ら「狐には穴があり、空の鳥には巣があるが、人の子(イエス自身のことですが)には、枕するところがない」と自分の人生を語っていますが、これはイエスがどれほど貧しく、虐げられたものであったかを物語っています。そして、最期は十字架の死、です。無実の罪で逮捕され、十字架に架けられて殺されたのです。これがイエスの生涯です。 物語性、あるいは歴史性を重視したルカによる福音書とは対照的に、哲学的に書かれていると言われるヨハネによる福音書は「この方はご自分のくにに来られたのに、ご自分の民は受け入れなかった」(ヨハネによる福音書 一章一一節 新改訳)と書いてあるように、当時の人間たちはこのイエスを受け入れなかったのです。ここに、人間の根深い暗闇、すなわち罪が暗示されているように思います。聖書がいう罪(ハマルティア)とは、道徳的に悪いことをしたから、ひどい犯罪をしたから、それが罪だというのではなく、自分を中心として、神を無視する、これが罪だと告発しているようです。むしろ、犯罪などは人間の罪の結果、必然的に生じるものであると考えています。ここでいう罪(原罪)は、イエスがこの地上にきても、その場所(・・)を与えない、そしてそれをやっかいものとして追い出してしまう、あるいは無視する、つまりは神を神として認めず自らが神となる、このことをいうのだと思います。クリスマスがきて、皆、ただ陽気な気分になっても、イエスが一人ひとりの心に不在であるという、そんなクリスマスがもしあるとするなら、実はそれが人間の罪の象徴であると言わざるを得ないことだと思います。
居場所(トポス)ということ
しかしながら、イエスは、自分には場所がなかったのに、それを糾弾するどころか、私たちに、むしろ場所を用意すると約束したのです。聖書のヨハネによる福音書にはこう書いてあります。「わたしの父の家には住む所がたくさんある。もしなければ、あなたがたのために場所を用意しに行くと言ったであろうか。行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎える。こうして、わたしのいる所に、あなたがたもいることになる」(一四章二―三節)。イエスは自分には場所がなかったけれど、私たちに場所を用意すると言われたのです。 この場所(トポス)という言葉は不思議な響きのある言葉です。私は、大学で社会福祉を研究・教育していますが、目下、研究テーマとしているのがこの場所の存在と人間の幸せの関係ということです。端的に言うのなら、社会福祉(実践)とは、「誰にでも居場所(トポス)を与えること、あるいはそれを創り出すこと、特に居場所のない人に場所を提供すること」であると思います。 以前に、大学の研究室で、ある調査を実施しました。それはナラティヴ調査といいまして、学生たちを派遣して、ハンセン病の元患者のいる療養所・特別養護老人ホーム・精神科病院・ターミナルケア・児童養護施設・児童自立施設などに行って、その人たちの人生をじっくり聞く、というものでした。それを研究室に持ち帰ってそれぞれ活字に起こして、分析したところ、ある共通の言葉を発見しました。それは何だと思いますか。それは、「居場所がない」という言葉だったのです。冒頭でお話しした学生さんもそうですが、「居場所がない」とは実に不思議な言説です。実は、その後の分析や研究で明らかになったのですが、現代の社会では多くの人たちが「居場所がない」ことに苦しんでいるのです。 英訳を試みたのですが、there is no place(room, space)というのも物理的なニュアンスが強く、何か不十分な気がします。「居場所がない」というのは、決して物理的な場所がない、ということではないからです。高齢者施設であれば、最近はユニットケアや個室もあるし、部屋もきれいになっているように思います。ひところにくらべれば随分、福祉制度も進み、良くなったと思います。それでも自分たちには「居場所がない」とお年寄りたちは直観しているのです。 ところで、独創的な思想を二十代後半から次々と発表して「反精神医学」と言われた、著名な精神科医R・D・レインという人は、このことを見事に言い表しています。 「すべての人間存在は、子供であれ大人であれ、意味、すなわち他人の世界のなかでの場所を必要としているように思われる。・・・少なくともひとりの他者の世界のなかで、場所を占めたいというのは普遍的な人間的欲求であるように思われる」(『自己と他者』レイン、志貴、笠原訳)。 哲学者のメイヤロフという人がいますが、彼も『ケアの本質』(On Caring)のなかで、ケアすることの本質として、人間にはどうしても「場の中にいること」(in-place)が必要であり、そのように他者をケアすることが重要であるということを指摘しています。 居場所という概念を分かりやすくするために、少々気恥かしい話ですが、卑近の例で説明します。今から二十年ぐらい前、私の妻が、結婚する前に妻の両親といろいろなことを話し合っていたときのことですが、なんと、親のいる前で、真顔で「私は、この人と一緒やったら橋の下でもどこでもいい」と言うのです。メロドラマではないのです。確かに私は学生結婚でもあり、財産も何もなかったわけですから、そう言われても仕方ないのですが、そうまで言うかと恥ずかしくなりました。けれども反面、嬉しくも思いました。ある意味で男心をくすぐる殺し文句ですね。これが少なくともこのときの彼女の偽らざる真実とするなら、ここにはこれまでお話しした居場所ということを分かりやすく説明する重要な例が示されているように思います。つまり、仮に物理的な場所でなくても、その人の心をおさめる居場所があればいい、ということです。ただ余談ですが、今は妻からそんな言葉は聞きません。「3LDKじゃ小さすぎるから4LDKで、南側道路じゃないと・・・」などです。 私の父や義父の場合もそれぞれ妻に先立たれたのですが、妻という居場所が大きかったようです。私の両親は大変仲が良く、風呂も一緒でした。トイレをしているときでも、近くで話しかけている有様は、さながら「究極のストーカー」でした。父にとって、母の存在がかけがえのない居場所であったのでしょう。「百万本のバラ」という歌がありますが、父は、市内の花屋さんから生前母が好きだったユリの花を全て買ってきて家中を飾っていましたが、その悲しみようは、尋常ではなかったようです。義理の父も、妻が亡くなってから毎日泣き崩れていました。つまり、父にとっては配偶者が居場所となっていたようです。 ちなみに、愛媛県総合保健協会の医師、藤本弘一氏の調査によりますと、妻に先立たれた夫は死亡時期が早まるそうです。しかしその逆、妻が残された場合は、二・〇一倍も長く生きるそうです。女性はたくましいが、男性は情けないやら、困ったものです。
居場所はありますか
それでは、皆さんには、本当に居場所がありますか。あるとすればどこに。先に引用したレインによると、もし居場所がないというのなら、人間の本質的な欲求が満たされていないということを意味しています。これが精神的な病の根幹にあるとレインは主張します。確かに、物理的な場所ではなく、他人の世界のなかで場所(意味空間)を必要としている、という感覚はわかるように思います。夫婦にとっては配偶者、子どもにとっては親、学校では友人・恋人でしょう。マザー・テレサも、その人の存在をおさめるところ、つまり必要とされるところであると言っていますが、逆に、あなたは必要ないと言われることが一番不幸であると言っています。もし、「地球上のどこにも、あなたの存在は必要ない」と誰からも言われるとしたら、人間の多くはおそらく自殺を選ぶでしょう。 今までの話から、誰にでも居場所が必要であることはおわかりいただいたと思いますが、イエスは、この居場所ということに徹底的にこだわった方であると思います。特に、イエスの宣教は、居場所のない人に場所を与えること、これに尽きると言ってもいいかもしれません。創世記によると、罪を犯したアダムとエバに「あなたはどこにいるのか」と呼びかけられる神は、実は答えを自ら与えておられるように思います。それは、本当の場所とは「神が共にいる」ということ、つまり、イエスの名前である「インマヌエル(神が共に居る)」ということなのです。これこそが実はクリスマスの約束なのです。 皆さんには本当の安らぎの場所がありますか。人間関係で与えられた場所はすばらしいものですが、それは一時的な場所となるでしょう。先の例にあげた私の父もそうでしょう。趣味も仕事もそうかもしれません。しかし残念ながらそれは、永遠に続くもの、永遠に価値あるものではないのです。永遠性があるもの、それは実は永遠の存在である神だけでしょう。アウグスティヌスは、「あなたは、わたしたちをあなたに向けて造られ、わたしたちの心は、あなたのうちに安らうまでは安んじないからである」と『告白』のなかで言いましたが、インマヌエルであるイエスは、神が共におられるということの永遠の約束なのです。これがクリスマスの到来の意味であり、福音の本質です。私たちはこぞってこれを待ち望む―それをアドベントといいますが、そのように皆が招かれているのです。
アドベント―待ち望むこと
アドベントとは、待降節といいますが、「来ることと待つことの一致するところ」と説明されています。アドベンチャーはこの言葉の派生語ですが、まさに「わくわくどきどき」と待ち望むことを意味します。先日、私は義理の父を亡くしましたが、持ち物などの整理をしておりまして、他でもないお宝を発見しました。それは父が大切に隠して保管していたもので、半世紀以上も前のぼろぼろになった父母の結婚前の恋文でした。結婚を待ちわびつつ二、三ヵ月前から繰り広げられた、昭和初期の父と母のロマンチックな物語です。あの両親に、このようなロマンスがあったのが想像もできないのですが、それは、結婚を前にして、それをわくわくと待ち望むという情景が目に浮かぶような手紙でした。母が「あと、もう一ヵ月であなたのところに行きます。待っていてください。私、その日のことを想うとわくわくしています」と拙い字で恋文を送れば、父のほうが「僕にはこの一ヵ月が待てない。どんなことがあっても君を幸せにしてやる」と応じます。これを一、二ヵ月のうちに何度も何度も繰り返すのです。葬儀の関係等で多忙で、悲しむことを忘れていた私は、この文章を見て思わず大粒の涙がこぼれました。私にとっては、最近読んだドストエフスキーの、恋の往復書簡の小説『貧しい人々』の美しい文学表現よりもずっとリアリティがありました。すてきな両親をもったものだと思いましたが、これで感覚的にアドベントの意味がはっきりわかったように思います。 アドベント、「来ることと待つことの出合うところ」と言いましたが、まさに神がこの喜びをすべての人に届けようとして送った最高のプレゼントが、愛する独り子のイエスなのです。イエスが地上に来る、そしてそれを我々人間が待つ、これがアドベントであり、その意味でクリスマスとはまさにわくわくする冒険体験なのです。
弱さと貧しさという「しるし」
「あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」
(ルカによる福音書 二章一二節)
待ちに待った待望の幸せの「しるし」は、人びとが考える派手なサインや特徴ではなく、いや逆に貧しい、風変わりな誕生こそ、本当のしあわせ(福音)のサインでありました。最近、不思議に思うことがあります。なぜ、神はイエスを、このような弱い、赤子の姿としてこの世に送ったのであろうかと。赤子と言えば、支えられなければ生きていけない状態、つまりは弱さの極致と言えるでしょう。支えてもらわねば生きていけない存在です。 イエスを、王の王、救い主、キリストと位置づけたいのなら、「スーパーマン」として、力強い姿として、カリスマ的なリーダーとしてデビューさせるほうが「演出的には」もっと効果的ではと勝手な妄想を膨らませました。つまり、あえて、イエスを人(母)の手で支えられないといけない赤子の状態として生まれさせたことの意味は何かと考えるのです。こんなことを考えるのは、神学者の先生がたには不謹慎で怒られるのかもしれませんが、しかし泥臭い社会福祉学者は妙なところにこだわってしまいます。 その明確な答えはよくわかりませんが、おそらく、幾つかの理由があると思います。その一つは、本当の理解者は、貧しさ、人生のつらさ(辛酸)、弱さを知っている(体験している)必要があるし、イエス自身は、最も小さいものになられたことを通して、人間の弱さ、苦しみを理解できる、つまり、共感(コンパッション)できることを教えているのでしょう。誰も苦労や苦しみを知らない人に相談したくないでしょうし、最近セルフ・ヘルプ・グループという当事者のグループが、専門家集団よりも注目されているのはこのことの証です。 もう一つは、支えられるということそのもののなかに深い意味があるのかと思います。本来、何ものにも支えられる必要のないものが、あえて自ら支えられる状態になるということ、ここには深い神秘が隠されています。自立独立の重要性が叫ばれる現代社会で、母親に抱かれて安らかにしているしかない全くの受け身の赤子は、ネガティヴな存在なのかもしれませんが、そこには何か神秘性があります。あえてイエスは赤子となり、誰かを支えるのでなく、自立するわけでもなく、母や周囲に支えられなければ生きていけない赤子の姿となったのです。このように、支えられるという実践(実体験)は、近現代には軽んじられるものですが、人間の大切な神秘であるように思えてなりません。 三つ目はさらに神が完全な人となったということ―神学的にこれを受肉と言うのですが―神が間違いなく歴史上に現れ、そして肉体をもった人となったということを教えているのでしょう。つまりは、イエスは天使のような霊の存在でもなく、幽霊でもなく、文字どおり血と汗を流した神が人間となられた存在であったのです。イエスは、死ぬために生まれてきたと自ら宣言しています。変な話ですが、実際に死ぬためには命を宿して生まれなければならなかったのです。そのために、肉体をもってはっきりと誕生したのです。 いずれにしても、イエスの貧しい、弱い存在としての誕生は「飼い葉桶」に象徴されますが、十字架による死刑も含めて、・・・これらは実は人間的に考えれば愚かで恥のしるし以外の何ものでもありません。使徒パウロが、以下のようにこれらのことを見事に説明している通りです。 「世は自分の知恵で神を知ることができませんでした。それは神の知恵にかなっています。そこで神は、宣教という愚かな手段によって信じる者を救おうと、お考えになったのです。」(コリントの信徒への手紙一 一章二一節)
福音という喜びの物語
「その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。」(ルカによる福音書 二章八節) 「羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。」(ルカによる福音書 二章二〇節) 結局、誰が最初にクリスマスの祝福と喜びにあずかったのでしょうか。それはルカによる福音書二章に書いてあるように、名もない羊飼いたちだったのです。王や権力者、宗教家でもなく、羊飼いたちなのです、「野宿での夜番」をしていたというのも面白いですね。王宮でぬくぬくとしていたわけでもなく、家の中にいたわけでもなく、日常の仕事(労働)を野原でしていた彼らです。King James 版英語聖書では、野宿ではlive out in the field となっており、つまり、「外に住む(野外に居場所がある)」ということですが、このことは、彼らが社会の中心に居場所があったのではないと暗示しているようです。歴史家によると、当時の羊飼いは「貧しい卑しい」職業と思われており、むしろ社会の中心には居場所はなかったようです。しかし、この羊飼いたちこそが、まことの居場所へ招かれているのです。 そして、夜、野原で羊の番をしていた羊飼いたちに、「すばらしい喜び」が突然知らされました。それは、「あなたがたのために、救い主がお生まれになりました」というものでした。この「喜びの知らせ」を聞いた羊飼いは、飼い葉桶に寝ておられる赤子イエスという幸せの「しるし」を捜し当て、そして言い知れない大きな喜びに満たされました。救い主に会うことができた羊飼いは、暗い夜の道を、喜びを抱いて、「神をあがめ、賛美しながら帰って行った」のでした。 そして今度はその羊飼いたちが他の人たちにこの喜びを伝える。この喜びを受けた人たちは誰かに語らざるを得ない、いや語りたくてしょうがないほど衝撃的なものだったのでしょう。「不幸の手紙」の逆です。それがキリスト教の二〇〇〇年の福音の歴史であったのでしょう。そして今日、私もここに皆さんに福音を語っているのです。あたかもバトンタッチをしていくように。 ところで、この良き知らせという意味の福音は、ギリシャ語でユーアンゲリオンといいますが、その語源は、実は、紀元前四九〇年に遡ります。ペルシャ戦争のときのこと、マラソンという場所で、ギリシャのアテネの軍隊がペルシャ軍を打ち破りましたが、そのとき、フェディオピデスという兵士が、勝利の知らせを届けるべく、マラソンからアテネまでおよそ四十キロの道のりを走り続けたそうです。そして、アテネの城門に到着すると、「わが軍の勝利!」と叫んで倒れ、そのまま息を引き取りました。これが、オリンピックのマラソン競技のルーツでもありますが、古代ギリシャでは、このときフェディオピデスが伝えたような「喜びの知らせ」を「ユーアンゲリオン」と呼んだのです。やがてこの言葉が、新約聖書に使われることになり、日本語聖書では「福音」と訳されています。今日のルカの記述に、「喜びを知らせに来た」という言葉がありますが、この言葉が、「ユーアンゲリオン(福音)」の動詞形なのです。 さて、私たちも羊飼いたちのように今日喜んで帰っていくことができれば幸いです。クリスマスは神が与えた「ただで受ける最高のプレゼント」ですが、最後にそれはどんな犠牲のもとになされたのか、もう一度想起しましょう。イエスは、この喜ばしい誕生のあと、人びとに仕え愛しつくしました。「飼い葉桶」に始まり、その人生は「枕する所なし」というほど、困窮している人びとの傍らを常に歩まれた生涯でした。そして、それでハッピーエンドだったかというと、無実の罪で十字架に張り付けにされたうえで強盗と一緒に死刑にされたのです。 しかしこの十字架は、私たちの身代わりであったと使徒パウロはこの出来事を後に解明しました。本来は私たちが受けるべき刑罰でしたが、その身代わりとして、「呪われたもの」となり、人類の罪の贖罪(しょくざい)をなしたのです。それは、私たちに本当の場所(・・)を用意するためです。居場所のなかったイエスが、なんと私たちに場所を用意すると約束されたのです。「活ける水」を与えると言われたイエスは、自ら十字架の上で苦悶して「私は渇く」と言われたのです。世界の救い主、王の王と言われイエスは、糞尿のある家畜小屋の家畜の餌入れで生まれたのです。そして、十字架上で、神に捨てられたことを苦悩のうちに絶叫して、死んでいったのです。すべて、居場所のない私たちに場所を与えるためにです。 私たちの本当に求めるべき居場所、それは神が共におられるという、インマヌエルという約束、そしてその出来事のなかにあるのでしょう。レインの言葉にありますように、まさに居場所がないという者は、神のなかに真の居場所を見いだすことによって、人生の意味が変わるのでしょう。それは神のなかであるというのです。このことがはっきりと伝えられたのがクリスマスの劇的な出来事でした。 神の場所が用意されたことを告げる人類にとって最高の「福音」が届けられた日、それがクリスマスです。この「すばらしい喜び」が、皆さんの心にも届きますように。そして、羊飼いたちのように「神をあがめ、賛美しながら」人生を歩んでいくことができますように。
二〇〇八年十二月十日 水曜チャペル・アワー「アドベント讃美礼拝奨励」記録
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